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<教員>7月のおすすめ本

(1)『食べることの哲学』 檜垣立哉 著
▶ISBN:9784790717119
▶書名:食べることの哲学
▶著者:檜垣立哉
▶出版社:世界思想社
▶本体価格:1,700円

 本書では、「料理」という行為自体が生命も含む自然への働きかけに他ならないと位置づけ、第一線で活躍する哲学者があたかもフランス料理のシェフと化し、フルコース仕立ての様々な題材を巧みに扱いながら、鋭くもユーモラスに料理してみせる、実に頭もお腹もいっぱいになる良書である。


 そもそも物事には「文化としての身体」と「動物としても身体」という両面があり、食べるという事象はその対立を端的に表す事例であるとし、「豚のPちゃん(妻夫木聡主演で映画化)」,「ザ・コーヴ」(伝統的なイルカ猟を批判する映画),「カリバニズムのタブー」などを取り上げつつ、明快に論じている。ここでの調理の技法は、人類学者レヴィ=ストロースの「料理の三角形」が用いられる。また宮沢賢治が主題と掲げた「食べることと食べられることの自然の中での必然的循環」も織り込まれており、何とも味わい深い。


 私自身、食の分野で長年研究している上で課題として感じるのは、専門化・細分化される中で議論が個別分断的に展開される点である。その意味でも、食の根底に流れる哲学・思想より、食の未来を見据え、生きていることの未来への意義を包括的に追求することは重要と言える。一言付け加えるならば、通常のフルコースは肉料理より海産料理の方が先に出されるものの、本書はその逆である。ただし、こうした流れもしっくりと身体に収まりフルコースを満足させるシェフの腕の見せ所なのだろう。


(2)『ききがたり ときをためる暮らし』 つばた 英子 ,つばた しゅういち 著
▶書名:ききがたり ときをためる暮らし
▶著者:つばた 英子 ,つばた しゅういち
▶出版社:文藝春秋
▶本体価格:740円

「こんな心豊かな暮らしができたらいいな。」これが最初に心に宿った感想である。本著は、二人合わせて171歳のご夫妻が、丸太小屋に住み、キッチンガーデンにて野菜や果物を育て、自然の恵を享受しながら「人生はだんだん美しくなる」をモットーに日々の生活を愛しむ姿が、語りの構成により生き生きと描かれている。二人の暮らしは常識にとらわれず自己流を貫いたとされるものの、何も特別な生き方を選択した訳ではない。夫の仕事の関係で幾度かの引っ越しを重ね、それに寄り添うように身を尽くしてきた妻というごく普通の生活の営みであるが、二人は未来に目を向けて、その土地々々で知恵を蓄え伝え継いできたのである。


「こうやって前の世代が残してくれたものを大事に受け継いでいけるというのは、幸せってことだと思いますよね。」


「人間が食べる体にいいものは、土の栄養にもなるし、植物も喜ぶということでしょ。」


「本当の豊かさというのは、自分の手足を動かす暮らしにあると思いますよ。」


「娘たちに毎月二回ほど、野菜や保存食を宅配便で送っているのね。たとえ遠く離れていても、近くで繋がっているような、こういう何でもないようなことがじつはものすごく大事なこと。」


 こうした語りの中に秘められた、日々のご夫婦の、自然やモノへの、さらには未来世代を含む人々への愛情に心和まされるだけでなく、誰もが参照し得る未来への生きる知恵がぎっしりと詰まっている。


(3)『リン資源枯渇危機とはなにか』 大竹久夫 著
▶書名:リン資源枯渇危機とはなにか
▶著者:大竹久夫
▶出版社:大阪大学出版会
▶本体価格:1,700円
▶ISBN:9784167910068

 リンは総ての生物にとって欠くことのできない「いのちの元素」と言われており、リンがなければ、人間を含めて地球上のあらゆる生物は、生命活動を維持することができない。にもかかわらず、リン資源が枯渇しつつあることを意識している人は意外に少ないのではないだろうか。リンは煮ても焼いても消えてなくなることのない元素であることが、理解をやや困難にしているのかもしれない。


 本書は、リン資源の枯渇問題とリサイクルの重要性について、一人でも多くの方々に知って貰うことを念頭に、大阪大学名誉教授大竹久夫先生により編集され、分かりやすく解説された読み物である。


 世界の食糧安定供給のためにも、リンの持続的利用が必須であることが、2010年当時、スウェーデンの大学の大学院生であった D.Cordellの提唱(「世界の全ての農民が、食料生産に必要なリンを十分に入手でき、しかもリンの利用にともなう環境や社会への負の影響を最小限に抑えること」)を契機に、欧州を中心に叫ばれるようになった。しかしながら、現在、リンを浪費する行為により、リン鉱石資源の寿命が縮まるばかりか、余剰リンから環境汚染が生じる矛盾をも引き起こし、ひいては国際的コンフリクトまで発生させているのである。


 本書は、一般書でありながらもリンの基礎から応用、社会実装までが俯瞰された豊富な内実である。是非手に取って「いのちの元素」について今一度考える機会を作って欲しい。


(4)『イニュニック「生命」―アラスカの原野を旅する』 星野道夫 著
▶ISBN:9784101295213
▶書名:イニュニック「生命」―アラスカの原野を旅する
▶著者:星野道夫
▶出版社:新潮社
▶本体価格:520円

 星野道夫という写真家が亡くなって既に20年以上の歳月が経っているものの、アラスカを愛し、15年以上にわたりその自然と人びとの暮らしを撮り続けた彼の写真をどこかで目にした人は少なくないのではないか。ただし柳田邦男氏が「言葉の発見者」と賞するように、星野氏はまた優れた文筆家としても知られている。私自身、星野の生前より彼の写真集に心癒やされてきた一人であるが、数年前にひどく落ち込んだ時期に、『旅をする木』(本企画でも前出)の星野氏の温かなことばに改めて大変励まされる思いがした。


 星野氏の写真とことばは、実にあらゆる人々の心を魅了する魔法のような力を持っている。私の学生で星野作品を「写真実践」の視角から分析している貴重な研究があるのだが(『アラスカの地に見出されたコスモスの時空-写真家 星野道夫が問い続けた「人間と自然の関わり」からの試論-』)、彼の論考によれば、星野は「人はどこへ行こうとしているのか」という根源的な問いを掲げつつ、写真実践を通じ、最初期は「旅行者」として、後の定住から晩年に掛けては「生活者」として、自らもまた長い時間をその地で過ごす中で、アラスカの自然を見つめるまなざしが深化し続けたのだという。


 本書は、定住以降の作品であり、美しい写真に加え、コスモスの時空へと向かう「あらゆる生命は目に見えぬ糸でつながりながら、それは一つの同じ生命体である」という星野の思索の深化に我々は引き込まれるであろう。


(5)『今日は死ぬのにもってこいの日』 ナンシー・ウッド(著) 金関寿夫(翻訳)
▶ISBN:9784839700850
▶書名:今日は死ぬのにもってこいの日
▶著者:ナンシーウッド(著),金関寿夫(翻訳)
▶出版社:めるくまーる
▶本体価格:1,700円

 本のタイトルを目にして、ちょっとドキッとした方も少なくないであろう。原著表題は ‘MANY WINTERS’とされ、ここでは、冬は「再生」、「甦り」を意味し、万物は一度死ぬことによって、生を取り戻すという「死生観」が詩の世界を通じて美しく描写されている。


 著者であるナンシー・ウッドは、ニューメキシコ州のタオス・プエブロ・インディアンと30年以上の交流を持ちながら、大地と深い結びつきに根ざした、彼らの高雅な精神性を学び取り、詩,小説,写真など、多岐にわたる仕事に反映させてきた。なにゆえに本書の最大の魅力は、ウッドが、インディアンの「口承詩」の伝統を我がものにしているところにある。すなわち、宇宙や自然環境を「神話的」に捉えようとしている姿勢において、これらの詩は、口承詩の特徴を最も正統的に受け継いだものとされる。インディアンの「生き方」として、土地、獣、虫、そして一切の山川草木に対して彼らが抱いている「共生感覚」「ルーツ」への帰属感覚を味わえるが、これは決して彼らに特有の世界観ではなく、ここに生きる私たちにとっても分かち合えるものであることを読者の皆様にも感じ取って欲しい。


 金関寿夫氏による日本語訳も大変美しく、読み重ねる度に、心に深く染み入ってくる。本書には、巻末にオリジナルの英語による詩が綴じられているので、英語・日本語の双方によることばの美しい響きを楽しむことができる、お得な一冊である。


▼ 2019年6月の担当教員 ▼
三好 恵真子 先生
三好 恵真子(みよし えまこ)先生プロフィール
世界の各地域で暮らす人びとの視点から、彼らが幸福な生活を営んでゆく上での望ましい環境のあり方をともに考えてゆくことを研究理念として掲げています。私の研究室は、技術開発をする理工系の学生から海外での現地調査を重ねる学生まで、文理を問わず多様な人材が集結するユニークな研究環境を創っています。環境サークルGECSやチアリーディング部REBELSの顧問でもあります。
研究の詳細は環境行動学HP(http://env.hus.osaka-u.ac.jp)にて。


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